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札幌高等裁判所 昭和27年(ネ)86号 判決

控訴人 被告 東旭川村農業委員会

訴訟代理人 斎藤忠雄

被控訴人 原告 長尾章

訴訟代理人 高橋岩男

主文

本件控訴を棄却する。

控訴の費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す、被控訴人の訴を却下する又は被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、被控訴代理人において「本件農地の買収は自作農創設特別措置法(以下自作法と略称する)第三条第一項第一号に基くもので所謂不在地主の所有する小作地として買収計画が樹立されたものである。被控訴人は昭和二十年十一月二十三日当時東京都所在の立教大学に在学中のため東京都に居住していたのであるが、これは自作法第二条第四項同法施行令第一条第一項第二号の「就学」という「特別事情」に該り、同法第四条第二項第三条第一項の適用によつて被控訴人は東旭川村の在村地主とみなさるべきものである。本件農地は、訴外早瀬ハル外一名に賃貸したものである。」と釈明し控訴代理人において、「本件訴は行政事件訴訟特例法(以下行政特例法を略称する)第二条に違反し不適法である。本件土地買収に際して被控訴人はその計画あることを知りながら自作法第七条による異議、訴願等不服の申立をしていない。同法附則によれば「この法律は昭和二十三年七月十五日からこれを施行する」とあり、地域による施行期日の特例がないのであるから遠隔の地にある者であると否とに拘わらず、又法律を知ると否とに拘わらず、全国民に対して同日より効力を生じているものと見なければならない。すなわち被控訴人が遠隔地にあつたため法律施行後間もないので、法律を知る由もなかつたので異議訴願等不服の申立をしなかつたことは同法但書による『正当の理由』ということはできない」と述べ、尚被控訴人の釈明に対し、「訴外早瀬ハルが賃貸していた事実は争わない。更に被控訴人がその頃就学のため東京に居住していた事実は認めるが、被控訴人の主張する自作法及同法施行令の各規定は、本来生活の本拠が東旭川村に在つてその後一時就学のため東京都に居住していたような場合に該当するのであつて、被控訴人の述べるような事実関係の場合には右法条に所謂「特別事情」とはなり得ないのである。仮りに適用ありとするも本件買収計画における日時には被控訴人の親族たる母親の長尾艶子の住所は東旭川村になかつたのであるからその主張は理由はない。」と述べた外、原判決の事実摘示と同一であるからここにその摘示を引用する。

立証として、被控訴代理人は新に甲第七号証を提出し原審証人薮下米吉、同林喜三郎、同長尾艶子、当審証人長尾艶子(一、二回)の各証言を援用し、控訴代理人は原審並に当審に於ける控訴人代表者上代五郎右衛門の訊問の結果を援用し甲第七号証の成立を認めた外、双方の書証の提出認否はすべて原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

先ず本件の訴が適法か否かを判断する。

控訴委員会が昭和二十三年六月二十一日本件農地買収計画を定めてその旨公告し翌二十二日被控訴人方に通知がなされたこと、被控訴人が之に対し同年七月一日までの法定の期間内に異議の申立をしなかつたことは争がなく被控訴人が同年七月十九日に本件買収計画取消請求の訴を提起したことは記録に明かである。而して行政特例法は昭和二十三年七月一日に公布せられ、同月十五日施行されたのであるが、同法の施行せられた後において、農地買収計画の取消又は変更を求める訴を提起するには、まず、自作法所定の異議手続を経た上、これによつて救済を得られなかつた場合に限るものと解さねばならない。しかし行政特例法第二条の規定によれば、右の場合においても「正当な事由があるときは」異議訴願の手続を経ないで直ちに農地買収計画の取消又は変更を求める訴を提起することのできることも又疑ないのである。しかして成立に争のない甲第七号証並びに行政特例法の施行せられた昭和二十三年七月頃においては北海道は勿論本州方面も交通通信が著るしく混乱しており法律の詳細な内容は勿論その公布実施の期日を正確に知ることは甚しく遅延した事実が当裁判所に顕著なる点を綜合すれば被控訴人が同法施行前にその内容を知ることは不可能であつたと認めらる。公布の日に知つておれば直ちに異議の申立をするか或は同法施行前ならば異議手続を経ずに適法に訴を提起することができたのであるが、それは不可能であつたわけである。結局被控訴人が異議訴願の手続を経ないで本訴を起したことは前記特例法第二条にいわゆる「正当の事由があるもの」というべく、本訴は適法であるといわねばならない。

よつて請求の当否について審究する。

被控訴人がその所有に属する本件農地を訴外早瀬ハル外一名に賃貸し同人等が右農地に小作し来つたところ、昭和二十三年六月二十一日控訴委員会が昭和二十年十一月二十三日現在被控訴人が不在地主であるとして自作法第三条第一項第一号により買収計画を樹立しその旨公告すると共に被控訴人に通知した事実並に被控訴人が昭和二十年十一月二十三日頃は立教大学学生として就学の為東京都に居住していた事実は当事者間に争がない。控訴人は被控訴人が右日時には東旭川村に住所を有していたものであり、東京に居住していたことは自作法第二条第四項に規定する「特別の事由」に因るものであるから同法第四条第二項によつて前記東旭川村の区域内に住所を有する者とみなさるべさであると主張するのに対し右事実を争い仮にこのような事実があつても被控訴人主張の自作法の規定はかかる場合に適用がないと主張するのである。成立に争のない甲第一号の一、二同第二号証及原審における証人薮下米吉同林喜三郎同長尾艶子当審における証人長尾艶子(一、二回)の各証言を綜合すれば被控訴人は昭和二十年四月戦争の為食糧事情も急迫したので母や妹と相談の上一家を挙げて当時の住所であつた札幌市を引上げ、所有農地の存する東旭川村に移住することを決意し、被控訴人自身はあたかもそのとき札幌市の中学校を卒業し東京都にある立教大学に入学したため就学の目的で上京したのであるが、其後艶子は、右計画に従い、先づ被控訴人の妹和子を東旭川村字上兵村の艶子の実父井原彦太郎方へ移らしめて旭川市立女学校に入学させた後、同年九月二十日自分も同家に引移つて右井原方に住所を定め直ちに営農の準備に着手した事実を認めることができる。尤も成立に争のない乙第二、三号証に拠れば、艶子は昭和二十年十一月二十五日に札幌市より、被控訴人の妹長尾繁子は同年十二月十七日江別町より、何れも東旭川村に転出した旨の記載があるが、右は食糧配給上の一応の手続期日を記載したものであつて必ずしも艶子の東旭川村転居の時期を認める重要なる資料とは為し難く、原審並びに当審に於ける控訴人代表者上代五郎右衛門本人訊問の結果も右認定を左右するほどの心証を得ることは難しい。

果してそうであるならば、被控訴人の母艶子は昭和二十年九月二十日以降東旭川村に住所を有していたのであり、被控訴人は就学のため上京したのでなければ当然母艶子と共に東旭川村に住所を有していたものとなさねばならず、従つて、自作法施行令第一条第二号の就学なる特別事由に因るものとして同法第四条第二項第二条第四項によつて被控訴人は東旭川村に住所を有する者とみなされると解しなければならない。控訴人は一旦在村した者が就学のため離村した場合でなければ右法条の適用はないと主張するが、右規定はさように文字の通りに窮屈に解すべきものではなく本来在村すべきものがたまたま就学のため在村しない場合はこれを在村とみなす趣旨と解すべきである。そうでないと右のような場合一度就学より帰省して再び就学の為上京した場合は右法条の適用を受けるが本件のようにその以前においては右適用を否定しなければならぬという徒らに実益実情に通じない形式的結論に堕すこととなるからである。

以上のとおりであるから、控訴委員会が被控訴人を目して昭和二十年十一月二十三日現在において東旭川村に住所を有しない不在地主であるとして、その所有する小作地に対し自作法による買収計画を樹立したのは違法であり、右買収計画は取消さるべきである。これと同趣旨にでて、被控訴人の請求を認容した原判決は正当であつて、本件控訴は理由がない。よつて民事訴訟法第三百八十四条第九十五条第九十六条後段第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 熊谷直之助 裁判官 臼居直道 裁判官 宇野茂夫)

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